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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)182号 判決 1957年8月24日

控訴人 リツカーミシン株式会社

被控訴人 坂本静子

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取り消す、被控訴人は控訴人に対し東京都台東区上根岸町五二番地の一宅地九九坪九勺を、その地上に存在する木造瓦葺平家建店舗一棟(家屋番号同町五二番の二)建坪一九坪及び木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建寄宿舎一棟(家屋番号同町五二番の三)建坪一四坪六合六勺二階一四坪六合六勺を収去して明渡し、かつ昭和二十九年十二月三日から右土地明渡ずみまで一カ月金三千円の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は控訴代理人において当審における証人望月宏行、同横田誠、同林喜美の各証言を援用したほか原判決の事実らんに記載されたところと同一であるからここにこれを引用する。

理由

控訴人が昭和二十七年十二月十八日訴外林茂明から控訴の趣旨記載の宅地九九坪九勺を買受けてその所有権を取得し同日その旨の登記をしたこと、被控訴人がこれより先右林から右土地を建物所有の目的で賃借しその地上に登記のある控訴の趣旨記載の店舗を所有したので控訴人が右土地所有権取得と同時に被控訴人に対する賃貸人たる地位を承継したこと、当時その賃料が一カ月金千五百四十五円(原判決中千五百四十円とあるのは誤記と認める)であつたこと、被控訴人がその後右地上に控訴の趣旨記載の寄宿舎一棟を建築し、現に右店舗及び寄宿舎各一棟を所有して右土地を占有していること、しかるに控訴人は被控訴人において昭和二十八年一月分から同年五月分までの賃料の支払をしないとして昭和二十九年八月九日内容証明郵便をもつて被控訴人に対し右賃料を書面到達の日から三日以内に支払うべき旨の催告をし、右書面が同月十日被控訴人に到達したこと、次で控訴人が同月十四日内容証明郵便をもつて被控訴人に対し前記賃貸借契約解除の意思表示をし右書面が同月十六日被控訴人に到達したことは当事者間に争なく、右賃料の支払期日について特段の定めのあつたことは認め得ないから、毎月末日支払うべきものであることは明らかである。

被控訴人は控訴人の催告にかかる前記五カ月分の賃料は控訴人から控訴人が本件土地の所有権を取得した旨の通知があつた当時すでに前地主である林茂明に対し支払ずみであるから、控訴人は右林に対し右賃料の引渡を求めるならかくべつ、被控訴人に対してその不払を問い得る筋合はないと主張する。よつて按ずるに成立に争ない乙第一号証、原審及び当審における証人望月宏行、同横田誠、同林喜美の各証言に前記当事者間に争ない事実をあわせれば、本件土地ははじめ所有者林茂明の親権者母林喜義の内縁の夫島田某が訴外金商株式会社との取引につき譲渡担保として同会社に提供し所有権移転登記に必要な書類一切を交付してあつたところ、右島田は控訴会社が金融のため振出した手形を不正に自己の右訴外会社に対する債務の弁済のため差し入れた結果、控訴会社は右訴外会社に対し手形金を支払うとともに右訴外会社が島田から提供を受けていた本件土地に関する権利の移転を受けその書類の引渡を受けた上これによつて右土地の所有権を取得しかつその登記をしたものであり、単純に林茂明とのあいだの売買によるものではなく、かようないきさつであつたため右林の法定代理人林喜美は控訴人が所有権を取得した後その担当社員横田が借地人との関係を調べに来訪した昭和二十八年九月ごろまで右所有権移転の事実を知らなかつた、一方被控訴人もまた昭和二十八年十月九日控訴人から内容証明郵便で右所有権取得の事実の通知を受けるまでこれを知らなかつた(右通知の事実は当事者間に争なく被控訴人が右所有権移転を承知したのはこれによること控訴人の自認するところである)、それで被控訴人は従来本件土地の賃料は多少おくれながらも賃貸人林茂明の法定代理人喜美に対し支払つており、昭和二十七年十二月分あたりからは二カ月分ずつまとめて林方に送付し、林はこれを異議なく受領しており、前記控訴会社社員が林方に賃貸借の調査に赴いた昭和二十八年九月ごろにはすでに問題の昭和二十八年一月分から五月分までの賃料は林において受領ずみであつた、という次第であること明らかである。もつとも成立に争ない乙第三号証の七によれば被控訴人は昭和二十九年八月二十日にいたつて右五カ月分の賃料を控訴人に対し弁済のため供託したことを認め得るが、この点は原判決の理由に説明するとおりの事情にもとずくことが明らかであるからこの点の原判決の理由を引用するとともに、これがため前認定を左右するものでないことはもちろんである。その他に右認定に反する証拠はない。ところで建物保護法第一条第一項の規定の適用により建物所有のためにする土地の賃借人がその賃借権をもつて敷地の新所有者に対抗し得る場合、前地主たる賃貸人と賃借人との間の右土地の賃貸借関係は、土地の所有権移転登記の時において法律上当然に新所有者が承継し、この者と賃借人との間に移行するものであり、これと同時に前所有者はこの賃貸借関係から当然離脱し、また新所有者から賃借人に対して右承継の通知を要するものでもないと解される。従つて右承継後の賃料は当然に新所有者である新賃貸人に対してこそ支払うべきものであり、前所有者たる旧賃貸人に支払うべきものではないといわなければならない。しかし特段の事情があつて前所有者はその所有権移転を知らず従つてまた賃貸借の承継を知らず、依然賃貸人の地位にあるものとして賃料債権を行使し、賃借人もまたその所有権移転従つて賃貸借の承継を知らず、依然前所有者との間に賃貸借関係が存続するものと信じ、これに対して賃料を支払つた場合は、その弁済は右賃料債権につき債権の準占有者に対する弁済として債務消滅の効力あるものといわなければならない。かく解することは、賃貸借が本来債権関係であり、賃料債権は賃貸借契約から流出する一の債権であるから、本来ならば、一般に債権譲渡を債務者に対抗するには債権者からのその旨の通知又は債務者の承諾を要するという原則の支配を受けなければならないはずであるということとも調和するものである。建物保護法により土地の賃借人をして土地の新所有者に賃借権を対抗せしめるため、土地の所有権移転(登記)と同時に当然客観的に賃貸借関係の承継があるとするのはよい。しかしそのため常に善意の賃借人をして賃料の二重払の危険にさらすことは法の精神ではない。前認定の事実は本件がまさにこの場合であることを示すものである(被控訴人はとくに債権の準占有者への弁済という言葉で主張してはいないが、前記摘示のこの点の主張並びに本件口頭弁論の全趣旨によればその趣旨がここにあることは明らかであり、その法律的意味は右のとおりであつて、当裁判所がこの点の判断をすることはもとより当事者間の申立てない事項について判決するものではない)。しからば控訴人が本件賃貸借契約解除の前提として催告した昭和二十八年一月分から五月分までの賃料債務はその債告の当時すでに消滅していること明らかであり、その契約解除は無効といわなければならない。従つて被控訴人は本件土地につき所有者たる控訴人に有効に対抗し得べき賃借権を有し、これにもとずきこれを適法に占有するものであることは明らかであるから、右土地の所有権にもとずき被控訴人に対し建物収去土地明渡及び賃料相当の損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は理由のないものとして棄却すべきである。

よつてこれと結局において同旨の原判決は相当であるから本件控訴は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)

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